素人と玄人

何故その文字で表現されるのか。

新宿の劇場で起きたクラスター。
物議を醸し出されているが、
アチコチで言われているのが、
「素人」だという言い方。

見通しが甘く、万が一クラスターが起きた場合(起きたが)
どういうことになるのか先を見ていなかった。
対策も表面上チョッピリ「やってます」なポーズ。
見た目だけなのでそれは護られず、
結局のところクラスターが起きてしまった。

起きないよう注意していても起きたかもしれない。
でも、お粗末な対策で起きたらそりゃ叩かれるわ。
当たり前だろ。

歌舞伎俳優の尾上松緑さんがブログにこのことについて語ったら、
次の日に焦るくらい反応があって慌てたとある。
見てみると「いやいやいや言ってる事正しいから」とお伝えしたいくらいだ。
「言い過ぎの面があったかも」なんてコメントもあるが、
「いやいやいや(以下略)」ですよ。

バカは言っても治らないが、言いたくなるのも道理。
ましてやそういう場合は大抵怒鳴りたくもんだ。
今その時だけ起きた問題なら自分達だけとなる話だが、
今回の問題でいえば演劇界全体というか、
劇場やホールを使う人達全てというか、
まあとにかくそういう話だ。

私もコロナが終息して、以前のように社会人バンドを観にいきたい。
あれこそ集団が狭い場所に集まる。
だからこそ皆我慢しているのだ。
恐らく演者側の方が我慢ならない状態のはずだ。
それでも家族を初め周りに被害があってはならないから我慢している。

それを何だ?
満足な対策はしていない、発熱していたのに休まない、
あげくに感染しました、って・・・

全く別の問題だしコロナに比べたら深刻じゃないから、
比較して並べるには申し訳ないけど似た事例を知っている。
やっている方は大した問題だと思っていないという点が一緒だ。
そして問題が起きた時に初めてとんでもない重大なミスをしていたと気づく。
そうならないように口を酸っぱく怒鳴りつけていれば・・・
「そんなに怒鳴ったら可哀想」と周りの別のバカがまた言う。

ああ、ちょっと白熱してきちゃったよ。