何が正しいのかわからない

度々書いていることですが。

感染者数がとんでもない数になってますな。
オリンピックは関係ないそうですよ。へー(棒読み)

オエライ外国からの客は銀座を散策したそうですが、

都民は家で自粛しろって言ってますね。
(それ以外の地域もですが)
矛盾していることは無視?
それともオエライ外国人の銀ブラは不要不急ではないと?
そんな「国」に国民は耳を傾けなくなって当たり前では。
まあ既にそういう傾向はありましたが。
それでも去年の春先はかなり国民は要請を聞いていたと思うのです。

感染が抑えられたと思い始めた夏前くらい・・・
GoToが開催されたくらいからですかね。
もう自粛は・・・って傾向が出てきたのは。
それまでは外出して感染すると相当の罪のように報道されてましたが。

でも。
ええ、あえて「でも」とつけて。
バッハが銀ブラしたから帰省しても良い、とか、
オリンピック開催したんだから自粛はしなくていい、とか、
そういう「○○だから××だ」と言いたいわけではなく、
そしてまたそういう意見を擁護したいわけでなく・・・

ただ、私の母ちゃんはコロナ関係なく死んでしまったというだけです。
GWはさすがに国中の雰囲気から用心して帰省しませんでした。
でも7月には帰省しました。
元気だけど年老いているからいつ何が起きるか、と常に思っていたので。
その後は10月にも帰省しました。
丁度派遣の仕事が決まったあとで、散々応募の時点で帰省を言っていたのに、
担当には話しがいっていなかったらしく寸前で「できればやめてほしい」と。
もちろん「ふざけんな!」とヤンワリ言って帰省しました。
年末は派遣先がウダウダして休みが短いままになりそうでしたが、
早めに何とか休みをもぎ取り帰省。
代わりに年明けに早々出勤するはめに。

恨みをぶつけても致し方なく母ちゃんも戻ってきません。
だからそれはしませんが、その派遣先には戻る気は起きません。
むしろ文句を言わないために戻らないのが互いのためでしょう。

本当は派遣だから適当にして年明けはゆっくり実家にいようとしていました。
それでも母ちゃんが元気だから油断して早々に仕事に戻る事にしてしまったのです。
その判断はだれでもない、自分が下した判断。
後悔していないわけがない。

母ちゃんはコロナとは無関係でこの世を去りました。
「コロナがコロナが」と帰省しなかったらもっと悔やむ感情が増えていたのは言うまでもありません。
この状況下で帰省するのが正しいかどうかは知りません。
世間はさも悪であるかのように言いますが、本当に悪なのかもわかりません。
隣近所の動向がわかる地域だと帰省者がいると相当言われるそうです。
一緒に住んでいなければ死に目に会えない可能性は高いです。
同居であってもその可能性はありますが、それでもその日に顔を合わせていると思います。

帰省して顔を合わせる。

どれほど大事で金に変えられない事か。

金で解決することは金を出せばいいんです。
例えば帰省にコロナ対策で新幹線の指定席を2席買って1人で使うとか。
(それがどこまでの対策になるかは知りませんが)
でも、直接顔を合わせることのどれほど大切なことか。


最後に母ちゃんと交わした会話は、
「次はGWに来る」というような内容。

いつもなら自宅に到着して電話で言葉を交わすところが、
あの時はタイミングが合わず会話がされないまま・・・
結局母ちゃんと電話をつなぐ事は適わず、かかってきたのは兄ちゃんからとなりました。

じゃあまたね、と座っている母ちゃんに向けた、それが本当の最後に交わされた言葉。


県をまたぐなとか騒いでいますが(私からすれば「騒ぐ」程度レベルに聞こえる)
年明けに死んでしまうなら、コロナなど気にせず母ちゃんを旅行に連れて行くべきだったと思っています。
もう一度、トマムに行きたいと言っていました。
去年は到底そういう状態ではないと思い今年の6月にと思っていました。
長野インターのところのホテルにももう一度行ってみたいと。
大阪から弾丸フェリーにも乗ってみたいと。
高知のひろめ市場のカレーも食べたいと。
中津川インターのチコリ村はどうやって再訪しようかと。
他にもまだまだ。

コロナ感染を無視して良いと言っているわけじゃないです。
ただ、私はそれよりも母ちゃんをできるだけ連れて行きたかったと思っています。
それが悪い考えだとは思っていません。
だって今後悔しかないのだから。